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5つの密室 (1号室)

 どこかで音が響いていて、ジーンというようなビーンというような金属的な響きがずっと続いているので、ぼくは耳を澄まして部屋をあちこち歩きまわったけれど、冷蔵庫の音じゃないし、電子レンジが壊れたわけでもないし、ステレオはスイッチが入ってなくて、テレビも消したから、蛍光灯が切れかけているのかと思ったが違っていた。
 強弱のない平板な音で、耳の奥に滞る感じ、他のことを考えようとしても、頭の中に侵入して執拗に響きつづける。あ、音が止んだ。また始まった。その間はわずか十秒ほどで、なんだろう、なぜ鳴り止まないのだろうと考えても、携帯の着信音とは似ても似つかない音だし近頃これが鳴ったことはなく、部屋中を歩きまわっても、どうしても原因がわからないけれど、音はまだ聞こえている。毎日寝てばかりいるから、頭までどうかしてしまって、こんな音が頭の中でするようになってしまったのか。でもぼくが悪いんじゃない。ぼくがわるいんじゃなくて病気が悪いのだ。睡眠障害という病気が悪いのだ。今だって目が覚めたら真夜中で、どうしてもそういう時間に目が覚めてしまって(ところで今日は一体何日の何曜日なんだろう?)、朝目が覚めても、体は起きていても頭は眠っている状態が多くて、髭を剃って煙草を吸ってコーヒーを飲んだだけで、数時間経っていたりして、両親にしっかり目を覚まして行動しろと言われても叱られるとますます眠たくなった。朝起きて、光刺激という電気の光を浴びる治療法も起きられないから続かなかったけれど、怠けているわけではないのに、みんなぼくのことを怠けていると言うのだ、いつもいつも。
 唐突に音が止み、余韻がなく、本当にパタリと止んだが、すぐに始まって、耳がジンジンしてきたが、音は玄関の方ではなくて、窓側から響いてくるみたいだ。ここはマンションの一室、みんなぼくを見捨てたのだ。家賃は払ってくれているけれど、捨てたことには変わりはない。ぼくだってせいいっぱいやってだめだったのに、病気が治らなくて一番がっかりしているのはぼく自身なのに、家族は冷たくて、お金を稼げなければ人間じゃないみたいにぼくに当たり、弟は軽蔑と苛立ちを含んだ目で見るし、父親はただ罵るだけ、根性が腐っている、不真面目だ、ものの考え方がまともじゃない、恥を知らないetc.この体で何ができるか教えて欲しいのはぼくのほうだ。何もできやしない。学生時代から朝起きづらく夜目が冴えるほうだったけれど、会社に入ってからひどくなって、営業でお客さんの所を回らなければいけないのに、眠くてどうしようもなくなり、何度も車の中で眠ってしまって、とうとう会社はクビになった。こんな体に苛々しているのは誰よりも自分なのに、音は続いていて、空気まで痺れてくるようで、どうしても止まない。いろんな科のたくさんの医者にかかっても治らなかったぼくの病気、医者だって治る患者には優しいけれど、見込みがなさそうだと、だんだん態度に苛立ちが表れてきて、俺が無能だから治らないんじゃなくてお前が悪いんだ、と言葉には出さなくても目を見ればわかるけど、病気さえ治れば、ぼくの人生だってこんな宙ぶらりんじゃないのに、と思考はいつもそこで止まって進まない。進歩がないというのはよく母親に言われたことで、病気を良くするように考えなければいけない、毎日きちんと運動しなさい、と繰り返し言われて、寝てばかりいて心臓も弱っているのはぼくだってわかっているけれど、頭がすっきりすると今度は体がだるくて、運動などとてもやる気になれず、昼過ぎに起こしてもらっても、それが一週間続くと頭も体も耐え切れなくなって、二十四時間以上眠ってしまう。眠っているというよりは死んでいるのに近い時間だから、耳元で怒鳴られようが、体を抓られようが感じないし、覚えてもいない。食事を作ってもらっても二食分の食事がたまってしまうし、その次の日は眠れなくて二十四時間近く起きていたりして、自分でも起床時間が見当もつかないから、毎日の計画も立てられない、というのはたまたま昼に自分で起きられても、次の日は夕方になるかもしれないし、夜中になるかも、夜中にしか起きられないと家族はとても不愉快な顔をして、やりたい放題やっていると責めるけれど、ぼくだって好きで遅く起きているんじゃないのに、起きられないつらさや悲しさなどこれっぽっちも理解しようとしないのだ。早く寝ないから朝起きられないのだ、と枕をいくつ買い換えてもらっても、母親に体をさすってもらっても、睡眠薬を飲んでも、眠れないときは何をしても無駄で、ようやく眠りにつくと、朝方から眠りが深くなってしまう。四六時中肩や背中が凝っていて、体をさすったりして三十分以上かかって起こしてもらっても、楽になると気持ちが良くなってまた眠ってしまって、母はぐしゅぐしゅ泣いた。済まない気持ちはあるけれど、そのときの記憶がないから仕方がなくて、病気が悪いのだけれど、一日に何回も体を揉ませたら、母は疲れ切って寝こんでしまった。
 一人で生活することになったのは、両親も歳だから仕方がないけど、環境が変わっても起きられないのは同じで、夜中に電子レンジを使っても足音を立ててもうるさいと文句を言う人もいないかわりに、食事の仕度をしてくれる人もいないけど、さすがに夜中に洗濯機を回すわけにもいかず、ランドリーボックスには汚れ物がうずたかくなっている。マンションの住人たちも、ぼくがたまに昼出歩いていると、なぜ働いていないんだという視線を浴びせるし、コンビニで求人雑誌を立ち読みしても、雇ってくれそうな所など一つもなく、そんなぼくを嘲笑うかのように続いている金属的なやかましい音は、やはり窓の方からで、カーテンを開けると、何かが窓の外側に張りついていて、よく見ると、五センチはあろうかという緑色の大きなバッタに似た昆虫。ガラスに触れた腹は毒々しい黄緑色だったが、羽をふるわせているにしてはすごく大きな音で、ガラスに反響しているのだろうが、もう五分以上途切れなく鳴いていて、よく疲れないな、と拳で窓を叩いたが、一瞬鳴き止んだけでまた鳴き出した。ずうずうしいヤツだ。
 ぼくは窓を開けて、腕を外へ伸ばし、蝿叩きでつぶすと、黄緑色の腹がぺしゃんこになって緑色の体液が流れ出し、足が一本取れて、まどにべったりとくっついて気持ちが悪いが、どうしていいかわからなくて、窓を閉めてカーテンも閉めた。雨が降れば死骸は流れ落ちてしまうだろうが、週間予報では確かずっと晴れだった気がして、そうするとずっと死骸が窓に引っ付いているのか、どうせ起きなければカーテンも窓も開けないから関係ないか、とにかく音はしなくなったのだから。でも一人の部屋が余計に静かになった。静か過ぎるほどに。

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