アルバイト
私は思わず足を止めた。広告にはこう書いてある。
美しい足求む。若い女性の右足に限る。
高級優遇。委細面談。
電話番号 ×××-××××
貼り紙がしてある店のショーウインドウには、婦人靴や紳士靴が飾られている。店内は、高級ブティックという趣で、たくさんの靴が店に美しくディスプレイされている。
もしかしたら、宣伝用ポスターでも撮るために、モデルを探しているのかもしれない。
私は自分の足を見下ろした。ロングスカートのスリットから覗く、すらりとした色白の足。ふくらはぎも適度に肉付きがよく、足首もきゅっと締まっている。甲が高くて、サンダルの似合う足だと、よく彼も褒めてくれる。
今、ちょうど職を探していた。会社の上司のしつこいセクハラに腹を立てて、退職したからだ。もちろん、辞める前に上司に平手打ちを一発お見舞いするのを忘れなかった。
私は、店のドアを押した。ドアについている小さな鈴が鳴り、奥から一人の男が現れた。年齢のさっぱりわからない、少し気味の悪い男だ。
「あの……、表の貼り紙を見たんですが」
私が切り出すと、男は笑みを浮かべたが、薄い唇がめくれあがり、一層不気味に見える。
「では、足を見せていただけますか」
私はそろそろとスカートを膝上まで上げた。
「すばらしい。文句のつけようがない。あなたの足を採用します。では、こちらへ」
「あの、仕事の内容は何ですか」
「そういえばまだ説明してませんでしたね。あなたは何もしなくていいのですよ」
「何もしなくていいって……」
「あなたの足を一ヵ月間貸してほしい。ただそれだけなのです」
「貸すって、一体どういう……」
「こちらに来て下さい」
男はウインドウの内側へ、私を招き入れた。
さっきと同じだ。足だけのマネキンが二体。オフホワイトのズボンに柔らかそうな茶色の革靴を履いたマネキンと、黒のタイトスカートに同色のパンプスを履いたマネキン。そして、鮮やかな赤い色のスエードの靴が片方。
「あなたの右足には、これを履いてもらいます」と男は言って、赤い靴を取り上げた。「きっと売上があがりますよ」
男は愉快そうに笑う。しかし私は笑うどころではない。
「まさか、これ、みんな……」
「そう。人間の足ですよ。もちろん生きています」
男は、紳士靴を履いている足を片方、ズボンから抜き取った。
「お客様はこれが人間の足だなんて気付いてはいません。でもこのリアルさが、きっと人を引きつけるのですよ。人間の足を使うようになってから、我が社は売上が三倍に伸びました」
男は抜き取った足を差し出す。私は後ずさりしたが、むりやり手に押しつけられた。
脛毛まで生えていて、生暖かい。脈も打っている。私は身震いした。しかし足の付け根はマネキンのようにつるりとしていて、むりやり取ったわけではないようだ。
「この男は両足で一ヵ月、いくら稼ぐと思います?」
男は私の顔を覗きこむと、一呼吸おいてからある数字を囁いた。
かなりの額だった。一年も足を貸せば、一生遊んで暮らせそうだ。
「でもその一ヵ月の間、何もできないんではないですか」
「心配御無用。義足を貸してあげますから、日常生活には困りませんよ」
男は私を店の奥へ連れて行き、義足を見せた。
ゴムの肉のついた義足は、まるでハリウッドの特殊メイクで作られたように精巧な出来だった。細かい毛が生え、筋肉のつき方といい、静脈のうきあがったところといい、どこから見ても本物の足だ。ディスプレイされていたものと違うのは、温度だけだ。
皮膚の色は様々だし、足の太さも形も自由自在だ、と男は説明した。
「最初のニ、三日は少し使いづらいでしょうが、すぐ慣れますよ。今までバイトした人で、この義足にクレームをつけた人はいません」
男は力説する。
「こんなに精巧な足があるのなら、どうして使わないんですか」
私が聞くと、男は顔を曇らせた。
「やってみましたよ。でも、やっぱり人間の足じゃないと駄目なのです」
片足なので金額は少なかったが、それでも前の会社の月額の十倍以上である。
私は前金で受け取ってから、足を貸した。
簡単だった。男が私の膝の裏と腰骨を押すと、まるで電池が外れるように、私の右足は足の付け根から外れたのだ。痛みもなかった。
私は義足をつけると、店を出た。
翌日、靴屋の前を通ると、私の右足はもう飾られていた。ウインドウの右隅から、赤い靴を履いた私の足が挑発的に覗いている。足の付け根あたりはシフォンで覆われていて、斜めに投げ出されるように飾られていた。足は、それだけで媚を含んでいた。
昨日の紳士靴と婦人靴の足はなくて、変わりにスニーカーを履いた軽やかな若い男の片足と、ブーツを履いた女の両足がディスプレイされている。
店主の言葉は本当だった。ウインドウを少しでも覗いた人は、吸い込まれるように店の中へ入っていく。
義足が右足の役割を忠実に果たしたので、不自由さを全く感じなかった。私はもう働かず、毎日遊んで暮らした。けちけちする必要はなかった。お金はたくさんあるのだから。
そして、あっという間に一ヵ月が過ぎた。
店主が足を返そうとした時、私は言った。
「もう一ヵ月、バイトしてはいけませんか」
男は驚いた顔をした。
「そりゃあ、あなたの足は申し分ありません。しかし契約の一ヵ月を延ばした人はいないんですがね。何といっても、足も生き物です。一ヵ月もぶっとおしで働いたのですから、くたびれているでしょうし」
確かに右足は、一ヵ月前より痩せたようだ。しかしお金の誘惑は、足を気遣うより強かった。
「私がいいって言っているんです」
私は右足をおいて、一ヵ月分の給料を手にして店を出た。今度右足は、ヒールの高い赤いブーツを履くことになった。
その一ヵ月後、私は長期の海外旅行の途中だった。旅行の日程を半ば過ぎたある日の朝、事件は起きた。
義足が取れたのだ。寝ている間に外れたらしく、ベッドの端に力なく横たわっている。私は呆然とした。転んでも外れたことがなかったのだ。慌ててくっつけたが、装着部分がぐらぐらして、義足はぎこちなくしか動かない。
義足と足の付け根の違和感は日増しにひどくなり、旅の最後には歩いていても外れそうになる始末だった。
旅行から戻ると、私はすぐに靴屋へ向かった。初めて店を訪れてから、三ヵ月が経っていた。
店主は私を見ると青くなり、咳き込んで言った。
「どこへ行っていたのですか。連絡が取れなくて困りましたよ」
「足を返してもらいに来たの。今はウインドウに出していないのね。どこにあるの」
店内を落ち着きなく見回す私に、男は無言で、白くて細長い棒きれを手渡した。
「何これ?」
「あなたの足ですよ。二ヵ月半経った頃、こうなりました」
「私の右足? これが」
軽い。アルバイト前は、もっとずっと重かったはずだ。よく見ると、細かい皺がいっぱい寄っている。萎えたというか、枯れたような足だ。しかしまだ生きている証拠に、弱々しく脈を打っている。
「早く義足を取って、自分の足をはめてください」
私は急いで義足を外した。しかし萎えた右足は、なかなかきちんとつかない。男が私の腰に右足をぎゅうぎゅう押しつけるので、私は痛くて悲鳴を上げた。
「あなたが悪いんですよ。二ヵ月経った時にすぐ来ていればよかったんです」
男は怖い顔で叱りつけた。
何とかはめてもらったが、歩くとふらつく。店を出ると、家まで左足で跳んで帰った。
現在、私は車椅子での生活を余儀なくされている。
足にも過労死というのは認められないのだろうか。
そんなことを、ぼんやりと考える。
(了)
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コメント
たのしませていただきました
できれば全身がそろったというか
人が何かの術でマネキンになってしまう
ようなのも読みたいです
投稿: おおぼけ町のシゲ | 2008年5月29日 (木) 22時07分
おおぼけ町のシゲ様
コメントありがとうございました!
マネキンになってしまう話っていうのも、面白そうですね。ありがとうございました。
投稿: yucca | 2008年5月29日 (木) 23時00分