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第5章(2)

「話が違うわ!」
 本物の玉鬘が、東の対に足音も荒く乗り込んできたのは、私が花散里と二人で夜食の湯漬けや果物を食べてくつろいでいる時だった。
「源氏の君のどこがいい人なのよ。ただのやらしいオッサンじゃないの!」
 玉鬘の目は吊り上り、汗で額髪がぴったりと張りついている。
「確かに源氏の君は悪いお心癖のある方だけど、何かあったの?」
 私が聞くと、玉鬘はジロリと私を見た。
「私には敬語を使ってちょうだい」
「申し訳ありません」
 私はむっとしたが、頭を下げた。
「和琴を教えてもらっていたのよ」
 玉鬘は勧めもしないのに、むしゃむしゃと果物を食べながら、話し始めた。
「そしたら『そこはこういう風に』とか言っちゃあ、一々手を取るの。で、やらしい目で私を見るのよ。あー、汚らわしいっ!」
「源氏の君に失礼なことはおっしゃらなかったでしょうね」
「言わなかったわよ。でも、今度あのオジサンが来たら、あんた変わってよね。私はまっぴら。あんなオジサンに傷物にされて堪るものですか!」
 玉鬘は噛み付くように言い捨てて、戻って行った。でもしっかりと果物は完食していった。
 ずっと黙っていた花散里が、深深と溜め息をついた。
「あの人を教育し直すのは、大変だわ」

 次の日から、私はまた玉鬘の身代わりをするはめになってしまった。
「玉鬘さまには手を焼いていますわ」
 二人きりになると、宰相の君はこぼした。
「人を顎でこき使うし、偏つぎや貝合わせでも負ければ怒り出しますしね。他の女房も、姫君は人が変わったみたいと噂しております。公達からの文のお返事も、反古のようなものを平気で出されたり……。でも」
 宰相の君はくすりと笑った。
「本物になって、一人だけ喜んでいる人がいますわ」
「ええ? 誰が」
「右大将ですわ。玉鬘さまのお好みらしいのです。色よい手紙に、右大将はすっかり舞いあがっているんですよ」
「右大将ねえ……」
 玉鬘は、マッチョな男がタイプなのかもしれない。
「玉鬘さまは、『なんたって出世頭だもの。へなへな男よりよっぽど頼りになりそう。先妻や子供は目障りだけど、私が正妻になれば先妻の父親が両方とも引き取ってくれでしょ』なんて言ってましたわ」
 物語では、玉鬘は右大将に襲われて、強引に妻にされてしまうのだ。それなら、彼女も気に入っている方が余程ハッピーではないのか。先妻さんには悪いのだが。
 しかし、本物の玉鬘がこんな人だったとは、まさに『想定外』だった。

 本物と入れ替わってから一週間後、源氏の君が久しぶりに西の対に現れた。
「この間は気分でも悪かったの? ものすごく機嫌が悪かったけど」
 源氏の君は怯えたように私の顔を見た。本物は一体どういう態度をとったものやら。
「頭がひどく痛かったものですから、失礼をいたしました」
「今日は大丈夫? 気分が悪くなったらすぐに言ってね」
 源氏の君はそう言って、和琴の稽古を始めた。源氏の君の教え方も、丁寧でわかりやすい。興が乗ると、一曲弾いてくれるのも面白い。
 こうやって習うのも、玉鬘が見つかった今、あと何回あるのかしらと考えると、しんみりした気分になる。
 すると、お尻にぞわっとした感触。
「痛っ!」
 源氏の君が悲鳴を上げた。
 半泣きで、手をさすっている源氏の君を見ながら、本当に懲りない男と思って、私は笑ってしまった。


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投稿 みんな の プロフィール | 2008年5月15日 (木) 10時53分

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