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第5章(1)

 草深い中を牛車は進む。私は網代車(あじろぐるま)の物見窓を開けた。
 闇夜の上に霧がかかっているので、辺りの様子は全くわからない。右馬の助の持っている松明も、あまり役に立ってないようだ。
 やつした牛車で、人目を忍んで行く先は、宇治の邸だ。

 今日の昼過ぎ、花散里が西の対に渡ってきた。
「夕霧からの伝言よ」
 彼女は緊張した面持ちで言った。
「酉の刻に右馬の助が車で迎えに来るそうです。例の宇治の姫君が、本物らしいの。引き取られた時期といい、年齢といい、ぴったりなんだそうよ。仕えている者の人数や年齢も合っているし」
 夕霧が玉鬘に関する有力な情報を持ってきたのは、数日前のことだ。宇治に住んでいる僧侶の邸に、玉鬘らしい姫君が養われている、というのだ。右馬の助が詳しく調べに行っていた。 

 私は夕刻女房姿になり、六条院を抜け出した。惟正の姿では本物に会った時、話がややこしくなるし、姫君の衣装のままでは目立ちすぎる。
 使用人専用の通用門の少し離れたところに牛車が待っており、私が乗るとすぐに動き出した。暫く進むと、馬に乗った夕霧と合流した。
 宇治に行くには木幡山の険しい山道を越えていかなければならない。悪路のため、牛車の車輪が外れるかと思うほど揺れた。川の音が荒々しく聞こえ、突然の鳥の声が私を驚かす。
「もうすぐですよ」
 夕霧が馬上から声をかけた。
 やがてだんだん道が良くなり、霧も晴れてきた。門の前に篝火を焚いた邸が見えてきた。
 邸の主人は周防の国(山口県)の前司で、財力を蓄えて出家したらしい。もともと宇治に別邸があり、手を加えて住んでいるのだ、と夕霧が教えてくれた。
 夜中だったが、すぐに中へ通された。
「姫君には詳しい事情は伝えてありません」
 と主人は夕霧に言った。
「ただ、身を寄せるべき方が今日お迎えにいらっしゃる、とだけ」
 主人に案内されて姫君の部屋に入った。私は扇で顔を隠していたが、ちらりと見えたのか、主人は驚いた顔で私を見つめた。やはり姫君と私はよく似ているのだろう。
 姫君は部屋の奥に、几帳を隔てて座っていた。衣の裾が見えた。萩襲ねの袿に、つややかな長い髪がかかっている。
 主人が座を外すと、姫君はそろそろといざり出てきた。
 姫君は眠そうで、不機嫌な顔だった。
 本物の玉鬘だわ。
 一目見て、確信した。私と玉鬘はうりふたつだった。髪の長さと装束が同じなら、見分けるのはむつかしいだろう。
「あんた、誰?」
 姫君は私を見て、ぽかんと口を開けた。
 私はこれまでの経緯を話した。母親の夕顔が亡くなったと知ると、玉鬘はさすがに涙をこぼした。が、一分半泣くと、パタリと泣き止み、
「それで私はこれからどうしたらいいわけ?」
 と聞いた。
「私と入れ替わって、六条院へ来てください。源氏の君は、細々と気のつく、いい方ですわ。もう少しすれば、お父上の内大臣にあなたを引き取ったと打ち明けるでしょう」
「なんでそんな縁もゆかりもないオジサンの所へ行かなきゃならないのよ」
 玉鬘は不服そうだった。
「これからすぐお父さまの所へ連れていって!」
 時間がかかったが、夕霧も口添えしてくれ、なんとか玉鬘を説得できた。
 夕霧は、手際よく進めていった。主人に口止め料を渡し、筑紫から玉鬘に仕えている使用人たちは、後で右馬の助が連れてくることになった。
 私と玉鬘は牛車に乗り、朝早く六条院にそっと戻った。

 源氏の君や西の対の女房たちから身を隠すため、私は花散里の許で女房として働くことにした。源氏の君は花散里の方にはめったに来ないし、東の対の女房たちは皆おっとりしていて、ちょうどよかった。とはいっても、私も化粧の仕方を変え、髪型を変えたりして、新参の女房に成り済ますべく努力している。
 宇治にいた玉鬘の使用人たちも六条院へ移ってきた。そして、何事もなく数日がすぎたのだが……。


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