第4章(1)
夏になったというのに、雨の日が続いていた。右馬の助は別の仕事で、出張がちだったので、近頃玉鬘探しも滞っている。先週は夕霧と、玉鬘探しに出かけたが、収穫は何もなかった。
雨では染色もできないし、とりあえず勉強も一通り終わって、『ゆとり教育』になったせいもあり、私は退屈していた。
几帳に、この間自分で染めた着物が掛かっている。黄蘗(きはだ)で染めたレモンイエローの布を、花散里が袿(うちき)に仕立ててくれた。染色は、同じように慎重に作業したつもりでも、同じ色は二度と出ない。だからこそ思い通りの色が出ると、飛びあがるほど嬉しい。
黄蘗に落ち着いた色の刈安の衣を上に襲ねて、グラデーションにして着ても面白いかも。それとも梔子色のほうが合うかしら。花散里は今度、くくり染めを教えてくれると約束してくれたから、早く晴れないかな。
蔀を少し上げて、空を見たが、灰色の雲は重く垂れ込めている。雨は当分止みそうもない。
諦めて、今日届いた柏木の文を開いた。文面に押しつけがましさがなく、好感が持てる。メールマガジンではないけど、私の楽しみの一つになっていた。
「柏木からの文でしょう? 彼はお姉さまに大変な執心ですよ。昨日も宮中で会ったんですが、しつこくって参りました」
夕霧が御簾の陰からひょっこり現れて、無邪気に笑った。
「今日はどうしたの」
柄にもなく照れてしまい、つっけんどんな声になった。
「耳寄りな情報が入りまして」
夕霧は座りなおし、真面目な表情になった。
「内大臣家に娘が一人引き取られたそうです。母親は亡くなっているのですが、身分が低かったらしく、姫君も教養がないとの噂ですが」
「もっと詳しいこと、わからないの? 例えば顔かたちなんか。本物なら、たぶん私に似ていると思うの」
「そこまでは……。今、右馬の助が初瀬を調べ直しています。明後日の夜遅く帰りますから、内大臣家の方はそれからにしましょう。あまり私が、新しく来た姫君のことを聞くと、雲居雁に邪推されそうだ」
夕霧は照れもせずに、さらりと言ってのけた。
「内大臣家の女房とは面識があるから、私だけでもなんとかなるかもしれないわ」
私は惟正として、都のあちこちの女房たちと親しくなっていた。
「姫君をちょっと覗くなんてこと、できないかしら」
「姫君のお部屋は奥にあるでしょう。どうやってそこまで行くんですか」
夕霧は呆れた顔をしたが、興味も持ったようだ。
「うーん、姫君付きの女房に言い寄るとか」
「バカな! 何考えているんですか、あなたは!」
「怒鳴らないでよ、冗談だったら。他にいい方法あったら、教えてよ」
夕霧はぐっと詰まった。
「それより」
と私はにやりとした。
「夕霧が姫君に言い寄る方が早いんだけどね」
夕霧は真っ赤になると、部屋から出て行ってしまった。足を踏み鳴らして東の対に帰っていく夕霧を、宰相の君は気の毒そうに見て言った。
「ちょっとやりすぎですよ」
「すぐ本気にして、からかいがいがあるんだもの」
私が笑うと、宰相の君は「まあ」と言って、顔をしかめた。
源氏物語には、玉鬘と比較するように『近江の君(おうみのきみ)』という下品な姫君が出てくる。父は内大臣だが、母は卑しい身分の女という設定だ。しかし今度引き取られたのが、その近江の君だと断定は出来ない。本物が近江の君として引き取られていたら、大変だ。それをどう確かめたらいいだろう。
小侍従の顔が、ふと浮かんだ。
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