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第3章(4)

 たくさんの人が、白衣の人の前で並んでいる。健康診断の順番を待っているのだ。
「あなたは、次はレントゲンで終わりよ」
 血液検査の隣のスペースの眼底検査に並ぼうとすると、検査技師の女性が言った。
 周りの正社員が、憐れみの目を向けた気がした。顔が強張って、小走りでレントゲン車へ移動した。
 派遣社員は、正社員と比べて診断項目が三分の二しかない。人間ドックは四十歳未満なら実費で受けなくてはならない。目に見える形の差別は、自分が派遣社員であると嫌でも思い知らされる。

「お姉さま、大丈夫?」
 ハッと目が覚めた。心配そうな顔で夕霧が覗き込んでいる。
 私はびっしょりと汗をかいていた。
「気がついた?」
 花散里が言った。額に冷たい布の感触。頭が重く、ぼうっとしていた。
「……大丈夫よ」
 声を出したが、自分の声とも思えないほど掠れていた。
「疲れが出たのかな。ちゃんと本物は探しているから、ゆっくり休んでください」
 夕霧の言葉に私は頷いた。それから眠ったようだ。
 次に起きた時には、熱は下がっていた。

 翌日の夕方、また夕霧はやってきた。私の顔を見て、大分よくなったみたいですね、と微笑んだ。
「はい、お土産」
 夕霧は、小さな紙袋を差し出した。中を見ると、私の好きな唐菓子だった。
「ありがとう。今、仕事から帰ってきたの?」
 私はお茶を入れながら聞いた。夕霧は頷いた。
「仕事はどう?」
「忙しいですよ。そこそこ、やりがいはあるかな」
 夕霧は真面目に言った。
「そう……」
「ところで、ハケンって何ですか」
 夕霧の質問に、私は驚いた。
「昨日、随分うなされていて、ハケンは嫌だ、って何度も言っていたから。悩みでもあるのですか」
 夕霧は優しい顔で尋ねた。
 私は自分の現状と悩みを話し出した。ふと気がつくと、かなり長い時間、現代について詳しく話してしまっていた。
「派遣社員を軽んじているくせに、仕事では正社員がすごく頼ってくる。そこがとてもおかしいと思うの」
「今の時代だってあまりいいとは思えないけど、お姉さまの時代はギスギスしていますね」
 夕霧は顔をしかめていた。
「やりがいがある仕事はほんの少しで、あとは雑用。毎日、判を押すのと同じ。派遣先を変わったところで、判の色や種類が少し変わるのと同じような気がするわ」
「お姉さまは、仕事に理想を求め過ぎではないですか。最初は私も位が低くて、さんざん馬鹿にされた時期もありました。今はまあまあだけど、やっぱり私だって毎日判を押す感覚っていうのはあるし」
 確かにそうかもしれない。
「私たちの時代は、生まれで全て決まってしまいます。でも、お姉さまの時代は違うのでしょう? 諦めずに探してみたらどうですか。自分に向く仕事がどれなのか」
 夕霧はとつとつと話した。
「でも年齢である程度、決まってしまうもの」
「じゃあ、諦めて派遣社員を続けるしかないじゃないですか」
 夕霧は強い目で私を見た。
「結局何かを手に入れるには、何かを失わなきゃならない。それはどこの世界だって同じでしょう。正社員になるために努力したって、ぼーっとして適当に仕事をしている人もいるけど、終電で帰る人だっているんでしょう? それで体を壊す人だっている。派遣社員で、定時に帰って、自分の時間を楽しんで、ただし給料は安いとか、軽んじられるとか、そういうのを気にしないで仕事をしていくか、それか自分で起業するか、それくらいしかないでしょう。きちんと考えてどれかを選んだら、迷わないことです」
 私はハッとした。一回りも年下の夕霧に諭されるとは思わなかった。私はやはり甘いのだろう。
「落ち込まないで下さいよ」夕霧は慌てて言った。「お姉様だってまだまだ若いんだし、今から考えればいいじゃないですか」
 鼻の奥がツンとした。それを誤魔化すために、唐菓子を口に入れた。
 夕霧も、お茶を飲みながらお菓子を一かけらつまんだ。
「いつか打ち込める仕事がきっと見つかりますよ。それまでの辛抱です」


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