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第3章(1)

 年が改まったが、依然として玉鬘の消息は不明だった。私の、姫君の教養マスター率は、約八割といったところだ。
 そして、偽玉鬘の私の許へ、懸想文、つまりラブレターが次々と届くようになった。源氏の君に引き取られたので、娘だと勘違いされているのだ。
 ラブレターは、兵部卿の宮(ひょうぶきょうのみや・源氏の君の異母弟)、右大将、柏木などからだ。身分の低い男からの手紙は右近がチェックして捨てている、と宰相の君が言っていた。
 宰相の君は、私付きの若い女房だ。手跡も美しいので、よく代筆してもらっている。なかなかの美人だ。もう一人くらい私の事情を知っている人がいた方が、ハプニングが起こった時のフォローをしてくれるだろうと考えて、花散里が私に付けた。
 自慢ではないが、ラブレターなんてもらったことがない。書いたこともないけど。
 見たこともない女に、ラブレターなんかよく書けるものだな、と思いながら読むが、この時代の貴族はみんなそうなのだ。噂で「あそこの家の娘は美人らしい」と聞けば、手紙を送ってみて、筆跡がきれいだとか、和歌が上手かったりすると、勝手に想像を膨らませて夢中になり、通って結婚したり、恋人になったりする。もちろん家柄がよく、財力がある女に越したことはない。噂だけが頼りなので、失敗もある。女のほうも一夜限りで男が来なくなったり、意に添わない男と結婚させられることも多い。
 貴公子との出会いもあります、なんて平安堂の安藤さんは言ったけど、こっちの世界も甘くない。
 兵部卿の宮は浮気で名高いし、右大将は髭黒というあだ名の通り、顎鬚と口髭がトレードマークのごつい男で、正妻もいるし子連れ。柏木は可愛いけど、まだ十九だ。
 手紙を読んでいると、源氏の君の声が聞こえた。
「あの娘、誰? かわいいね」
 几帳の透き間から覗くと、源氏の君は、右近に新参の女房の名前を尋ねていた。
 源氏の君が手を振ると、まだ十五、六歳のその女房は真っ赤になって隠れてしまった。
 またいつもの病気だよ、と私は苦笑した。最初は、重々しい位に就いているいい年の男が何をやっているのだと驚いたが、源氏の君は器量のいい女の子を絶対に見逃さないのだ。
 そういえば似たような上司がいたな、と思い出した。若い女の子限定で肩を触ったりするオジサンとか。
 源氏の君は鼻の下を伸ばした表情のまま、私の部屋へ向かってきた。
 私は文を畳み直して、そ知らぬ顔をしていた。
 源氏の君は邸にしょっちゅういるから、太政大臣というのは仕事はあまりないみたいだ。ちなみに、律令制度では最高の位だ。天皇の師となり、一国の模範となる有徳者じゃなければ就けない位らしい。
 源氏の君は座るなり、文を手にとり、じっくりと見比べている。
「相変わらず兵部卿の宮は熱心に文をよこしているな。我が弟なのに顔はそれほどでもないけど、人柄はまあまあだし、お返事を書きなさい。堅物の右大将まで、こんな甘ったるい文を寄越すとはね。おや、手紙に蟻が寄ってきた」
 源氏の君は菓子を食べながら、にやにやした。
「これは……」
 水色の薄様(うすよう)の手紙を、源氏の君は手に取った。
「なかなかうまい手跡だ。誰から?」
「柏木さまからです。ご姉弟とご存じないので……」
 と右近が困ったように言うと、
「まあ、本当のことはいずれわかるから」
 と源氏の君は簡単に言う。
「内大臣にもそのうちきちんとお話しようと考えているけど、長い年月離れていた一族の中に急に入っていくのは、気苦労があると思うんだよ。世間並みの女のように、まず結婚しちゃってから、親子の名乗りをする方が何かとうまくいくものだよ。かといって相手があることだから。兵部卿の宮は恋人が多くて、よくない噂もある人だから、大目に見てあげないと……。右大将は年上の妻との間が冷え切っていて、君に恋をしてしまったらしいけど、右大将の北の方は、私の妻の紫の上と縁続きだから恨まれてもねえ……」
 源氏の君は悩んでいるが、私に言われても困る。だったら引き取らなきゃいいのに。


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