« 第2章(2) | トップページ | 第2章(4) »

第2章(3)

 翌日、私は東の対に住む、花散里を訪ねた。
 花散里は大柄なふくよかな人だった。年は三十代半ばくらいだろう。てきぱきとした物腰が、前の派遣先会社で知り合った、スキルの高い派遣社員に似ている。確か物語では、花散里はやせ細った大人しい女性と書かれていたが、随分印象が違う。まあ、私が玉鬘役を仰せ付かるのだから、そんなものかもしれないが。
「玉鬘さん、お話は殿から聞いたわ。困ったことがあったら、何でも相談してちょうだいね」
 花散里はくだけた調子で言い、にこりと笑った。
「お言葉に甘えて、早速ご相談があるのですが……」
 私がそばに控えていた女房の方をちらりと見ると、女房たちはすぐに別室に下がって行った。
「平安堂をご存知ですよね」
 声を潜めて尋ねると、花散里は扇を取り落とした。
「……ええ、知っているわ。詳しくは知らないけど、よその世界との掛け橋をしているとか。信じられないけど、やっぱり他の世界ってあるのね。……では、あなたは玉鬘さんではないのね?」
 私は頷いた。
「じゃあ、本物はどこなの?」
「行方不明なんです。それで探すために、私が派遣されたんです。平安堂の安藤さんは、花散里さまに相談するように、と言いました」
 花散里は眉根を寄せて、考え込んだ。
「他にあなたが偽玉鬘だと知っている人はいるの? 右近とか」
「いいえ」
「そう。とにかく一刻も早く本物を見つけなくてはね」
「でも私はここでは不案内で、どうしたらいいのか……」
「夕霧に訳を話して、協力してもらいましょう」
「夕霧に?」
 花散里は力強く頷く。
「夕霧は独身だから身軽だし、口も固いわ。私も協力してあげる」
 花散里は目を輝かせ、両手で力強く私の手を握った。私は勢いに気圧された。
 花散里が呼びにやると、夕霧は邸内にいたらしく、数分もしないうちに、東の対に現れた。顔は源氏の君の小型版だが、痩せていて生真面目な顔つきをしている。
 私のことを説明されると、夕霧は声も出ない有様だった。大人びて見えるが、現代でいえばまだ中学の二、三年生なのだ。
「母上の頼みとあれば、致し方ございません」
 夕霧は真面目な表情で言った。実母を早くに亡くしており、彼は育ての親の花散里に敬意を払っているようだ。
 辺りはもう薄暗く、花散里は燭台に灯を点した。
「具体的に、どうやって玉鬘を探したらいいかしら」
 私は夕霧に聞いてみた。
「娘ならば、内大臣家へ真っ先に身を寄せるはず。しかし今のところ、そのような噂はありません。内大臣の長男の柏木は友人ですが、彼からも何も聞いておりません。幸い私には信頼できる家人もおります。内大臣の親戚筋を当たるのと併行して、筑紫から京への道中も探させることにいたしましょう。時間はかかるでしょうが、あなたは動かぬ方が良策かと」
 私はつい、クスッと笑ってしまった。
「何かおかしいですか」
 夕霧は、少し不機嫌になった。
「ごめんなさい。あなたの話し方があんまり堅いもんだから」
「どうも女性の目の前で話すのに慣れてないので」
 腹違いの兄妹だと、成人してしまえば御簾ごしや几帳ごしにしか話さない時代に、扇で顔を隠そうともしない私に、夕霧は戸惑っているのだろう。夕霧は元服しているので、この時代では立派な大人だ。
「でも女房なら平気なんでしょう?」と私は言った。「私だって女房みたいなものよ。OL……、えっと、働いていたんだから。もっとも私たちの時代は貴族はいないんだけど」
「貴族がいない?」
 花散里と夕霧は、同時に叫んだ。
 現代について話してはいけないのだった、と私はハッとした。
「玉鬘探しは長期戦になるかもしれないのよね」
 私の様子に気づいたのか、花散里が本題に戻した。夕霧は頷いた。
「そうすると、あなたを姫君として教育しなければならないわけね」
 花散里は、真面目な顔で私を見た。
「父上に偽者だとばれてはいけませんしね」と夕霧。
「夕霧は手がかからないし、最近暇だったのよ」
 花散里はにんまりと笑い、私は焦った。
「でも玉鬘探しは? 私も彼女を探すべきだと思うの。自分の仕事ですもの」
 私は言った。でも本音は、この世界に来て一ヵ月間邸に閉じこもりっきりで、外へ出てみたかったのだ。貴族の姫君では、そうそう出歩けない。
「髪も短いし、男に変装すれば、外も探せるわ」
「でも女だとばれたら、本物を探すどころじゃなくなります」
 夕霧は慌てたらしく、声が高くなった。
「声が大きいわよ」と花散里がたしなめた。
「供人ならどうかしら。あまり注意を引かずに外を歩けるわ。ね?」
 私は自分の思い付きに手を叩いて喜んだ。夕霧は頭を抱えていた。
 西の対に戻ろうとしたら、夕霧が私を呼び止めた。呼び止めたものの、彼は赤くなり、口籠っている。


 

 

にほんブログ村 小説ブログへ

|

コメント

コメントを書く