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第1章(2)

「平安時代が何か?」
「ああ、まだ言っていませんでしたか。当社は人材派遣会社です。今の時代にはいっぱいありますよね。でも当社は、平安時代への人材派遣会社です。そこがニッチなところなんです」
「はあ」
 平安時代とニッチというのがうまく結び付かない。
「今回の求人は源氏物語です。玉鬘役なんですよ。玉鬘って知ってますよね。源氏の君の友人の『頭の中将(とうのちゅうじょう)』―今は出世して内大臣ですが―とその恋人の『夕顔(ゆうがお)』の間に生まれた女性です」
 源氏物語の中の、玉鬘の巻も大体は覚えている。
 頭の中将と別れた夕顔は、召使たちと幼い娘玉鬘と暮らしていた。その時に出会ったのが、十七歳の源氏の君。しかし一緒にいた時、夕顔が急死し、源氏の君は自分の名が噂になるのを恐れて、その時夕顔の供をしていた右近という女房を自分の邸に引き取ってしまった。他の召使たちは夕顔が行方知れずになったと思い、その後玉鬘の乳母の夫が筑紫(九州)に赴任し、玉鬘も連れて行ったのだ。成人した玉鬘が父親を頼ろうと京に上ってきて、玉鬘を探していた源氏の君に引き取られるという筋だ。
「その玉鬘の一行がどういう訳か、行方不明なんです。物語では、初瀬参りの宿で右近と玉鬘の一行が、偶然出会うことになっているのですが……。おおかた玉鬘の一行が途中で道に迷っているんでしょう。物語の展開で偶然を使うと、どうしても手違いが起こるんですよね。この間も、『とりかえばや物語』で……」
「あの~、私がやる仕事というのは……」
 私は安藤さんの言葉を遮った。嫌な予感がした。
「玉鬘になりすまして、その間に本物を探すんです」
 安藤さんはあっさりと答えた。
「信じられないのも無理はありません。面接で、怒って帰った人が何人いたことか。でもなかなかない経験ですよ。仕事場は六条院。源氏の君が恋人たちを住まわせるために造った、新しくて美しい邸です。セレブなスローライフが楽しめますし、源氏の君に引き取られたので、表向きは源氏の君の娘ですから、貴公子との出会いだってあります」
「でも、もし本物が見つからなかったら?」
「さあ……」
 安藤さんは曖昧な表情になった。
「でも今まで帰って来なかった人はいませんし、なんとかなりますよ。どの物語にも、現代との掛け橋役の人がいます。源氏物語の中では、『花散里』という女性です。都合のいいことに玉鬘の教育係です。いろいろ知恵を借りるといいでしょう」
 私が迷っていると、安藤さんは言った。
「衣食住はただですし、玉鬘が見つかったら、いつでも現代に戻れます。どうです? やってみませんか。リピーターの派遣社員もいるので、面白いと思いますよ。もちろん、それほどたくさんの求人は出しませんけど」
 現代でどんな仕事に代わったところで、ほとんど同じかもしれない。違う時代に生きるというのも、面白いだろう。
「やります」
 と私は答えた。
「注意事項が三つあります。玉鬘らしい言動をし、物語からなるべく外れないこと。誰にも物語がどうなるか話さないこと。現代についても話さないことです」
「わかりました」
「物語の中は旧暦です。今向こうは九月中旬頃でしょう」
 安藤さんは、書架から分厚い和綴じの本を取り出し、ページを繰った。途中までは文字が書かれているが、安藤さんが開いたページは真っ白だった。
「では、あなたを採用します」
 声が響いた――。

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