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第1章(1)

 古色蒼然。
 街灯に照らし出された、そのビルを見た時、四文字熟語が頭に浮かんだ。
 私は仕事の後、派遣会社に次の仕事の照会に行った帰りだった。今日で、派遣先の仕事の契約期間が切れた。一ヵ月前から仕事を探していたのだが、思うような仕事がなかなか見つからない。仕事照会の担当者は、「紹介予定派遣は、若い人がたくさん応募しているから無理だと思いますよ」と嫌味っぽく言った。
 明日からプー子か、と思った。それでも今の仕事が終わってホッとした。一年間働いたが、契約の業務内容は、『パソコンによる入力業務』なのに、実際はお茶くみやコピーが多かった。でも新しい仕事を探すのも、だんだん疲れてきた。
 正社員のオジサンなんか、仕事ができなくても威張っているし、高い給料をもらっているのに、とは思うものの、自分のパソコン資格も特技と言えないこともわかっている。
 コンビニに寄ろうとしたら、一本道を間違えたらしい。蒸し暑い日で、余計にくさくさした。引き返そうとした時、その古ぼけたビルが目に入ったのだ。  
 ドアに貼られた一枚の求人広告。
 それは見れば見るほど変な広告だった。
『急募!
 源氏物語を読んだことのある二十二歳くらいの女性
 髪のカラーなどしていない方。または黒く染められる方
 衣食住つき 委細面談
                    有限会社 平安堂』
 三回読みなおした。職種が何も書いてない。でも面白そうだ。
 私は短大の国文科で、源氏物語のゼミを取っていた。青表紙本などの写本の文字を判読したものだ。苦労したが、振り返ってみれば懐かしい。
 今私は二十七歳だ。年齢は条件と合わないが、履歴書持参とも書いてないし、とりあえず職種を聞くだけでも面白いかも、と思った。ビルの窓はまだ明るい。私は今時自動ドアでない、重いドアを開けた。
 ドアについたカウベルの音が響いて、一人の男が現れた。
「いらっしゃい」
 男はにこやかに言った。色白の太った男だった。
「求人広告を見たんですが」
 と言うと、
「では、こちらへ」
 と案内された。他に社員はいないのか、ひっそりとしている。かび臭い本が壁一面に並んだ書庫のような部屋の片隅に、ぽつんとテーブルとソファがあった。
「社長は生憎留守でして。私は営業の安藤です」
 安藤さんは背広の内ポケットを探った後、もそもそした声で続けた。
「生憎名刺を切らしておりまして……。求人は私が任されておりますので、まず履歴を伺いましょう」
 私は簡単に履歴を述べた。
 安藤さんは、たっぷりと肉のついた顎に手をやった。
「履歴については、申し分ありません。ただ年齢が五歳オーバーですね。髪も少し短いし……」
「は?」
 私は思わず聞き返した。髪の長さと勤務と、何の関係があるのだろうか。
「でもあなたは玉鬘(たまかずら)そっくりだ。肌も白いし、あなたほど今回の募集にぴったりの方は今までいなかったですしね。髪は付け毛でもすれば……」
 安藤さんは口の中でぶつぶつ呟いている。
「髪の長さとか、色の白さとかが仕事に関係あるんですか」
「平安時代の姫君は皆髪が長くて、色が白いですから」
 安藤さんは、にっこりして言った。



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